最高裁判所大法廷 昭和38年(オ)211号 判決 1966年2月23日
上告人
寿興業株式会社
右代表取締役
細川勝好
右訴訟代理人
田村武夫
中島一郎
水原清之
阿部四郎訴訟承継人
被上告人
阿部カズヱ
右訴訟代理人
杉之原舜一
主文
本上告論旨は理由がない。
理由
論旨は要するに、原判決が上告会社と承継前の被上告人との間の本件不動産譲渡契約をもつて、昭和二五年法律第一六七号による改正前の商法(以下単に旧商法という。)二四五条一項一号にいう「営業ノ全部又ハ一部ノ譲渡」(以下単に「営業の譲渡」という。)にあたらず、したがつて、本件譲渡契約については上告会社の株主総会の特別決議を経ることを要しないとしたのは、(一) 本件譲渡契約の目的物について証拠なくして事実を認定した違法があり、かつ(二) 同号にいう「営業の譲渡」の解釈を誤つた違法がある、というにある。
よつて、まず、右(一)の所論について判断する。
所論は要するに、本件譲渡契約が締結された当時、上告会社の営業用財産は本件不動産だけで上告会社が所論の機械設備等を所有しなかつたことは、証拠上明白であるのに、原判決が、上告会社は、本件不動産のほか機械設備等を所有したと認定したのは、証拠なくして事実を認定した違法がある、というにある。
しかし、原審の右認定は、これに対応する挙示の証拠関係に照らして首肯できないわけでなく、その認定に所論の違法はない。
つぎに、前示(二)の所論について判断する。
所論は要するに、本件不動産譲渡契約は、上告会社の全資産ともいうべき重要な財産を対象とするものであり、承継前の被上告人は同契約締結と同時に、上告会社の一切の債務を引き受けその株式をも譲り受けているのであるから、本件譲渡は上告会社の「営業の譲渡」と解すべきである、というにある。
しかし、旧商法二四五条一項一号の規定制定の経緯に照らせば、同法条に「営業の譲渡」という文言が使用されているのは、同法総則における既定概念であり、その内容も比較的に明らかな右文言を用いることによつて、譲渡会社がする単なる営業用財産の譲渡ではなく、それよりも重要である営業の譲渡に該当するものについて規制を加えることとし、併せて法律関係の明確性と取引の安全を企図しているものと理解される。したがつて、旧商法二四五条一項一号によつて特別決議を経ることを必要とする「営業の譲渡」とは、同法二四条以下にいう営業の譲渡と同一意義であつて、単なる営業用財産の譲渡をいうのではなく、営業そのもの、すなわち一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産の全部または一部を譲渡し、これによつて譲渡会社がその財産によつて営んでいた営業的活動の全部、または一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じ、法律上当然に同法二五条に定める競業避止義務を負う結果を伴うものをいうと解するのが相当である(最高裁判所昭和三六年(オ)第一三七八号、同四〇年九月二二日大法廷判決参照)。
原判決は、これを通読すれば、「営業の譲渡」の意義について右と同趣旨の見解に立つものであることが明らかである。
そして、所論のように、会社からその重要な財産を譲り受けた者が当該会社の一切の債務を引き受け、かつ同会社の株式を譲り受けたからといつて、同会社がその財産によつて営んでいた営業的活動の全部または一部を当該譲受人に受け継がせたといえないことは、いうまでもない。
されば、本件不動産譲渡は旧商法二四五条一項一号にいう「営業の譲渡」にあたらないとした原判決に所論の違法はない。
よつて、裁判官山田作之助、同草鹿浅之介、同柏原語六、同田中二郎、同松田二郎、同岩田誠の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官山田作之助の反対意見は、次のとおりである。
昭和二五年法律第一六七号による改正前の商法(以下旧法という。)二四五条一項一号は、会社がその「営業ノ全部又ハ一部」を他に譲渡するには、株主総会の特別決議を経ることを要するとし、その特別決議なしでなされた譲渡行為は当然無効であるとしているのである。その立法趣旨は、いうまでもなく、会社は営利を目的として存在し、従つて営業をすることが存在の基礎なので、会社の営業を他に譲渡するような行為は会社の存続の基礎に影響を及ぼすから、株主および会社の利益を保護するため、みだりに会社の取締役が単独でこれらの行為をすることを禁じている趣旨にほかならない。この趣旨に照らせば、会社が財産を他に譲渡した場合において、その財産が会社の目的である営業を遂行する物的基礎となつており、これを他に譲渡することが会社の営業活動を廃止することを結果とするもの、すなわち会社の営業ひいては会社の存続の基礎に重要な影響を及ぼすものであるときは、その財産の譲渡は、旧法総則にいう営業の譲渡ではないけれども、株主および会社の利益を保護するため、旧法二四五条一項一号にいう「営業ノ譲渡」にあたると解するのが相当である。従つて、譲渡の対象が財産であるということだけで、直ちに、右「営業ノ譲渡」にあたらないとすることは、許されないのである。しかるに、原判決は、上告会社の本件不動産の譲渡がその営業にいかなる影響を及ぼすかについてなんら審理判断することなく、上告会社が譲渡したのは財産であつて、重要なものではあるが、営業ではないから、右譲渡について上告会社の株主総会の決議を経ないでも有効であるとしているのであつて、旧法二四五条一項一号の解釈を誤つたか、審理不尽、理由不備の違法を犯したものというべきである。従つて、私は多数意見に反対せざるをえない(最高裁判所昭和三六年(オ)第一三七八号同四〇年九月二二日大法廷判決における私の反対意見参照)。
裁判官松田二郎の反対意見は、次のとおりである。
(一) 昭和二五年法律第一六七号による改正前の商法(以下旧法という)二四五条一項一号にいう「営業の譲渡」の意義は、現行商法の同条同項同号の営業譲渡と同様である。これについては、次の二点が注意されるべきである。
(1) まずここにいう営業は、単なる個々的財産の集合ではなく、営業の目的のために組織化されて有機的一体をなす財産、すなわち客観的意義における営業を意味する。従つて、同条同項同号の「営業の譲渡」とは、かかる客観的意義における営業の譲渡を意味し、営業的活動の承継は営業譲渡の要件ではない。もし多数意見のごとく解するときは、営業的活動の承継がないとの一事を理由として、「営業譲渡」たることを否定し、前記法条の要求する株主総会の特別決議を容易に潜脱し得ることとなる。
(2)右に述べた意味における「営業」は、有機的一体をなすものであり、それを構成する個々的財産の価値の総和よりも、遙に高度の価値を有するものである。そして前記法条が、かかる高度の価値を有する営業の譲渡のためには、株主総会の特別決議を要するものとし、これによつて会社および株主の利益を擁護しようとする以上、営業に属する重要財産をこれより分離して譲渡し、その結果、営業の有機的一体としての高度の価値を破壊するような場合、その譲渡は、単なる財産の譲渡と目すべきでなく、前記法条の営業譲渡に該当するものとして、株主総会の特別決議を要するものと解すべきである。もしこれに反して、多数意見に従うときは、営業に属する重要財産を個々的に譲渡することによつて、前記法条の要求する株主総会の特別決議を容易に潜脱し得ることになろう。しかして、叙上の見解は、私が先に相当詳細に論じたところである(最高裁判所昭和三六年(オ)第一三七八号同四〇年九月二二日大法廷判決における私の反対意見参照)。
(二) もつとも私が先に論じたところは、現行商法二四五条一項一号に関するものであるが、その見解は旧法の前記条文についても同様に妥当する。ただ現行商法と旧法との条文上の差異に関連して、次の点を述べておきたい。
(1) 旧法の下で、多数意見に従うときは、現行商法の下におけるよりも、一層不当な結果を生ずることとなるのである。
旧法二四五条一項一号は「営業ノ全部又ハ一部ノ譲渡」と規定していたのである。すなわち、現行商法の同条同項同号のように、重要でない営業の一部譲渡を株主総会の特別決議事項から除外していなかつたから、営業の一部譲渡には、その一部が重要であるか否かを問うことなく、すべて株主総会の特別決議が必要だつたのである。この点は注意を要するのである。従つて、もし多数意見によつて旧法の右条文を解釈するときは、例えば株式会社が多数の工場を有するとき、そのうちのもつとも重要な工場を譲渡しても、営業的活動の承継のないかぎり、何等株主総会の決議を経ることを要しない。しかるに、その会社としてもつとも価値のない工場の譲渡であつても、営業的活動の承継を伴うかぎり、株主総会の特別決議を要するのである。おそらく何人も、前者の場合に株主総会の決議を不必要とし、後者の場合にこれを必要とすることの間に、著しい不均衡を感ずるであろう。要するに、営業譲渡につき営業的活動の承継を要件とする多数意見が、いかに観念的で現実離れしたものであるかが、旧法の下では、一層如実に示されるのである。
(2) 現行商法二四五条一項一号に該当するとき、株主の有する株式買取請求権(商二四五ノ二)は、昭和二五年法律一六七号によつて、新たに追加されたものであり、従つて、本件当時、株主はこのような株式買取請求権を有していなかつたのである。しかし、このことは、旧法の前記法条の解釈を現行商法と異らしめるものではない。けだし、旧法上、営業譲渡につき、株主総会の特別決議が要求されていたことは、会社企業自体の利益と共に、株主の利益保護にも資するためであつたのであり、現行商法が新たに認めた株式買取請求権は、株主の利益保護を一段と強化したものに過ぎないからである。
(三) 営業譲渡の場合における「営業」の意義について、学説は多岐に分れている。多数意見は、そのうちの一学説であるところの営業的活動の承継を必要とする見解を採り、この点を強調するのである。しかるに、多数意見はこの点を強調するにかかわらず、本件の具体的事件取扱の態度は、その強調されるところといかに関連するか、必ずしも判然としないのである。すなわち、原審の確定したところによれば、上告会社が承継前の被上告人に対し本件不動産を譲渡する前、上告会社は「営業を休止」していたばかりでなく、譲渡の対象は本件不動産のみで、機械設備類は譲渡より除外されていたというのであり、原審は、この「営業の休止」と「不動産のみが譲渡されたこと」をもつて、本件が前記法条の営業譲渡に該当しないことの根拠としたものと認められる。しかし、「営業の休止」は「営業の廃止」と異り、少なくとも潜在的になお営業活動が残存すべき状態を意味するものと解するときは、上告会社が「営業の休止」状態にあつたとしても、そのことは必ずしも上告会社の営業的活動が承継前の被上告人に承継されなかつたことの根拠となし得ないであろう。営業が休止し、その機械設備が失われていても、得意先関係、仕入先関係、営業上の秘訣などの事実関係の譲渡があれば、これに伴つて営業的活動の承継があり得るからである。このように考えるとき、もし多数意見が、原審の認定した上告会社の「営業の休止」をもつて、本件につき営業譲渡のなかつたことの一つの根拠とする趣旨であるならば、失当であろう。それとも多数意見は、上告会社の不動産のみが譲渡されたという点を強調して本件について営業譲渡がないと解したのであろうか。もしそうだとしたならば、多数意見は、事実関係の把握の点で失当であろう。思うに、原審の確定したところによれば、譲渡の対象たる本件不動産は、上告会社の重要な営業用財産であり、しかも会社の唯一の財産ともいうべきものであつたのであるから、それが上告会社の営業――すなわち、有機的一体としてそれを構成する個々的財産の価値の総和よりも高度の価値を有する営業――のうちで、もつとも重要な財産であつたことは、窺うに難くない。しかも、原審の確定したところによれば、承継前の被上告人は本件不動産の譲受の代償として、上告会社の総債務を引受け、また上告会社の代表取締役以外の株主全員に対し払込株金を償還するための資金を提供することを約したという以上、本件をもつて単なる不動産の譲渡といい得ないことは、きわめて明らかであろう。従つて、多数意見が本件をもつて単なる営業用財産の譲渡のごとく解したとすれば、事実関係の忠実な考察と認め難いのである。
要するに、多数意見は右法条の解釈として失当であり、また本件の事実関係より見て正鵠を欠くものと思われ、私はこれに反対せざるを得ないのである。
裁判官草鹿浅之介、同柏原語六、同田中二郎、同岩田誠は、裁判官松田二郎の右反対意見に同調する。(横田喜三郎 入江俊郎 奥野健一 山田作之助 五鬼上堅磐 横田正俊 草鹿浅之介 長部謹吾 城戸芳彦 石田和外 柏原語六 田中二郎 松田二郎 岩田誠)
上告代理人田村武夫、同中島一郎、同水原清之の上告理由
第一、原判決には次の如き法令違背又は理由を附せない違法がある。
(一) 即ち原判決は本件不動産は被上告人が上告人より譲渡を受けた旨認定しているが、
(二) 上告人はこれに対し譲渡と認定せられてもそれは上告人会社の営業の譲渡と見るべきであるから株主総会の特別決議を要するものであり本件では右の特別決議を経ていないのでその譲渡契約は無効であると主張しているのに対し、
(三) 原判決は本件不動産の譲渡はたしかに上告人会社の重要な財産の譲渡ではあつたが被上告人に譲渡せられたのは右不動産のみで機械設備類は除外せられていたから営業の譲渡ではないとし商法第二四五条を適用していない。
(四) しかしてたしかに商法第二四五条の営業の譲渡とはその会社の営業財産の個々の権利ではなく営業上の全財産の譲渡を云うことは明らかであるが原判決が本件不動産の譲渡契約が成立したと認定する昭和二十五年二月当時の上告人会社の資産とは本件不動産以外には全くなく前掲原判決の理由に記載せられている機械設備類等は全然存在しなかつたものである(この点については原判決の理由に掲げる如何なる証拠からも機械設備等が存在していたとは認定できないものであり従つて理由附せない違法がある)。
(五) 従つて被上告人が本件不動産を譲受けたと認定するならばそれは上告人会社の一切の資産の譲受であり同時に上告人会社の一切の債務の引受けも契約したものである上被上告人の主張によれば上告人会社の株式全部も買取つており従つて(この点は原判決も認定している)これは上告人会社から見れば営業全部の譲渡であり当然その譲渡には商法第二四五条の特別決議を経なければならないものである。
(六) 従つて原判決には右商法第二四五条の適用をあやまつた違法がある。
(七) 尚本件不動産のみが上告人会社の資産であつたこと被上告人が上告人会社の一切の権利を譲受ける意思であつたことは被上告人の本人訊問の結果、証人細川忠信の証言その他の各証人の証言の外特に甲第四十四号証の二の記載によつて明らかである。
即ち、甲第四十四号証の二(証人柴田慶蔵の証人調書)によると
「被告会社の代表者阿部は、以前帯広で自動車の修理業をしていましたが、個人経営では駄目だというので寿工業株式会社を買取る考えでその頃の代表者であつた原告(細川忠信)と交渉したのであります」
「寿興業株式会社は当時事業不振で営業をして居りませんでしたが、建物を所有して居りました」
「原告(細川忠信)は阿部に会社の権利を買取つてくれた事について大変感謝して居りました」
旨の記載があり又被上告人の第一審における本人尋問調書二項の記載によると、
「当時私は帯広市で消防ポンプの製造会社を経営していた関係もあり、私の企業としてこれを引きつぐことにし」
旨の記載があることから結局本件譲渡は、被上告人が上告人の株の譲渡を受け又一切の債務を引受けたことと考え併せることにより上告人の営業の全部又は重要なる一部の譲渡であつたことが充分認定できるのである以上原判決が、商法第二四五条の適用をあやまり、又判決に理由を付せない違法あることを述べた次第である。<以下略>